術中合併症とは
- 公開日: 2019/12/11
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全身麻酔時に、なぜ術中合併症が起こるのか
〝手術をする〟ということは身体にメスを入れることであり、患者さんは手術を受けることで極めて侵襲の強い痛みやストレスを伴います。例えば、血圧が上がる、脈が速くなる、不整脈が起こるなどが挙げられます。当然ながら目が覚めている状態では手術を進めることは難しいですし、患者さんにとって非常につらい経験になります。
痛みを感じない、侵襲ストレス自体を感じさせないようにする手段が必要になり、それが〝全身麻酔〟になります。
全身麻酔とは「麻酔薬を中枢神経・すなわち脳に作用させて麻酔状態を得るもの1)」とあります。全身麻酔の三大要素といわれているものに〝鎮痛・鎮静・筋弛緩〟があり、最近ではこれに加えて有害反射の抑制が挙げられます。鎮痛とは痛みの消失、鎮静とは意識の消失、筋弛緩とは筋緊張の消失を指します。全身麻酔に使用される、鎮静薬(プロポフォールなど)や鎮痛薬(フェンタニルなど)、筋弛緩薬(ロクロニウムなど)の影響により、身体のさまざまな作用が抑制されていきます。例えば、自発呼吸がなくなる(呼吸抑制)、交感神経の抑制(循環抑制)がなどが起こるため、継続的な観察と適切な呼吸・循環管理が必要になります。
つまり、術中合併症は、全身麻酔時に使用する薬剤によって引き起こされるといえるでしょう。
全身麻酔によって起こる術中合併症について各項目に分けて説明していきます。
循環器系合併症
術中の循環器系合併症の主な症状は、高血圧・低血圧、不整脈などが挙げられます。
高血圧
高血圧は二酸化炭素の蓄積、過度の低酸素血症や浅麻酔が原因と考えられています。浅麻酔になると患者さんは無意識であるものの痛みを感じ、血圧が上昇する傾向にあります。また、バッキングなどが起こる可能性があります。痛みの程度や手術の侵襲の大きさによって必要な麻酔深度は異なるため、麻酔による高血圧を疑ったらオピオイドをはじめとする鎮痛薬を投与する場合が多いです。
低血圧
低血圧は体位変換によるものや麻酔薬の過剰投与で起こることが多く、他にも換気不全、大血管操作、神経反射、異型輸血、アナフィラキシーショックなども考えられます。出血の場合は頻脈が先行することが多く、低血圧の原因を除去することが一番重要です。
また、全身麻酔で使用する薬剤のほとんどが基本的に副作用として血圧を下げる作用があるので、注意が必要です。
不整脈
不整脈にはさまざまな種類がありますが、頻脈の起こる原因として身体になにかしらストレスがかかっている場合では、交感神経優位になっている状態が多いです。例えば先ほど述べた〝痛み〟です。痛みが出現した場合アドレナリンが分泌され、血圧上昇、頻脈が出現します。逆に徐脈になるのは副交感神経が優位になっている状態であるといえます。
それ以外の不整脈の原因として、電解質(Na、K、Cl等)バランスが手術による侵襲により大きく崩れた場合に、心室期外収縮といった不整脈が出現します。また、手術中の出血量が多ければ、酸素を運搬するヘモグロビンが減少し、心臓に負担がかかり不整脈が出現します。水分出納バランスも同様で、点滴で体内に入る水分量が尿量を大幅に超えている場合は右心系に負担がかかり、逆に水分量が少なく、尿量が著しく多い場合は左心系に負担がかかり、不整脈が出現します。
全身麻酔に使用する薬剤が心臓刺激伝導系に刺激を与え、不整脈を引き起こす原因となることもあります。不適切な換気、不適切な麻酔深度などさまざまな原因で不整脈が生じる可能性があり、完全房室ブロックや心室頻拍、心室性不整脈は致命的な不整脈である心室細動に移行することが多く危険な状態になる可能性もあり、注意が必要です。
また特に高齢者の場合、くも膜下出血や脳梗塞、心筋梗塞といった状態になる恐れもあるため、注意が必要です。
呼吸器系合併症
全身麻酔による薬剤によって、自発呼吸がなくなり自分で息をすることができなくなります。そこで器官内にチューブを入れて人工呼吸器(麻酔器)に繋ぎ、全身の呼吸管理を行う必要があります。挿管に伴う合併症については後述しますので、ここでは呼吸器についてのみ解説します。
縦隔気腫・気胸
普段の呼吸(自発呼吸)は、陰圧で空気を吸い込んでいるのですが、人工呼吸ではそれと同じことはしません。間歇的陽圧呼吸といい、気道内圧を大気圧よりも高くすることにより、肺を膨らませるのです。このため、気道(気管・気管支・肺胞など)の弱い所が破けて、縦隔気腫・気胸などを生じる危険性があります。
誤嚥性肺炎
挿管チューブ(気管内チューブ)との関係性もありますが、誤嚥性肺炎も非常に多い合併症の一つです。全身麻酔は反射を抑制するため、麻酔薬の影響下にある患者さんが嘔吐(あるいは胃内容物が逆流)すれば吐物が気管から肺に入ってしまうことがあります。これは挿管チューブ(気管内チューブ)を気管に入れる前や麻酔がかかる途中で起こりやすい全身麻酔の合併症です。これを予防するため、術前の食事や飲水は控えてもらいます。すぐに手術をしなければいけないのに食事をしてしまった場合や、消化管の通過障害のあるとき、胃・食道などから多量に出血しているときなどは胃内容物が空にはなりませんから、鼻から胃にチューブ(胃管チューブ)を入れて胃内容物を取り除く必要があります。
このほか、この合併症をきたしやすい方としては、外傷を受けたばかりの方、妊婦、おなかに大きな腫瘍のある方などが挙げられます。
神経系合併症
全身麻酔時に使用する筋弛緩薬の影響により、筋肉が弛緩し患者さんの生理的な可動域の範囲を超えてしまうことがあります。鎮静薬により患者さんは意識がないため、痛みを訴えることもできず、気が付かないまま手術が進行してしまうことがあります。また各体位によって神経が圧迫され(「手術体位の目的、体位調整と注意点とは?」参照)、麻痺や褥瘡(発赤を含む)の原因になる可能性があります。
体位のことだけではなく、麻酔による神経系への合併症も起こり得ることがあります。全身麻酔では反回神経麻痺など声帯の障害が挙げられます。稀ではありますが、馬尾症候群と言われる神経症状(腰髄下部以下の神経支配領域の知覚異常、運動障害、膀胱直腸障害など)が起こることがあります。
また、硬膜外麻酔で留置したチューブによる感染、穿刺した場所に血液が溜まり、それが原因で神経障害が起こることもあります。
代謝系合併症
全身麻酔にはさまざまな薬剤が使用されます。その薬剤がいつまでも代謝されず、身体の中に留まっている状態になるといわゆる覚醒遅延といった状態になります。麻酔に使われた薬剤は主に肝臓や腎臓で代謝されます。元々肝機能や腎機能が良くない患者さんですと、全身麻酔を行ったときになかなか目が覚めない覚醒遅延といった状態になり、時に重篤な状況になりかねません。術前にしっかりと確認する必要があります。
また全身麻酔を行うことで元々糖尿病などの代謝系疾患をもっている患者さんの場合、症状が悪化してしまうことがあります。全身麻酔の薬剤により身体のさまざまな機能が抑制されてしまうことが影響しています。
体温異常
人間には体温調整機序として体温調整中枢が視床下部という部分にあり、その働きにより体温が一定に保たれていますが、全身麻酔を行うことで視床下部と脊髄レベルで体温調節反応を抑制するように作用します。これにより一定に保たれていた体温が変温性になり、再分布性低体温などが相まって低体温をきたします(「手術室での患者さんの体温変化と体温管理の必要性」参照)。
体温が低下した状態が続くと薬剤の代謝も遅れ、術後の覚醒遅延や不整脈が出現する可能性があるため、可能な限り保温をする必要があります。また低体温のまま覚醒すると、シバリングが起きることもあります。
主に吸入麻酔薬およびスキサメトニウムをはじめとした脱分極性筋弛緩薬を使用することによって悪性高熱の症状が起こることがあります。非常に高熱となり、危険な状態とな流ため早急に対処をしなければなりません。
挿管に伴う合併症
気管にチューブを入れる操作や、麻酔から目覚めるときに歯を食いしばることにより、グラグラした歯や義歯が損傷することがあります。また気管にチューブを入れる際に声帯に傷がつき、術後に喉の痛みやかすれ声になることがあります。まれに、この傷がもとで声帯肉芽腫(粘膜が盛り上がる)ができることや、声帯を動かす反回神経が麻痺することがあります。
吸入麻酔薬や喉に入れたチューブの刺激、あるいは使用薬剤のアレルギー反応で気管支痙攣(喘息発作)を起こす可能性があります。頻度は少ないですが、喘息の持病がある方だけでなく、まれにそういう病歴がなくても発作を起こすことがあります。
合併症というには適切かわかりませんが、術中に筋弛緩などの薬剤が切れてしまった場合、バッキングといって患者さんの身体が動いてしまうことがあります。浅麻酔の状態で手術に対する痛みや挿管チューブなどによる刺激が原因だといわれています。
意識消失および麻酔時は筋肉が弛緩しているため、麻酔中は舌根沈下しやすく、気道閉塞を起こす危険性があります。舌根沈下は舌を維持する筋肉の弛緩によって起こりますが、意識消失時および麻酔時には筋肉が弛緩していることが原因のひとつになります。これ舌根沈下により気道確保困難状態になり、挿管チューブを入れること自体難しい状況になります。換気ができていれば大丈夫ですが、それすらも行えない場合、息ができない状態と同じですので非常に危険な状況になります。
局所麻酔で気をつけたほうがよい合併症
局所麻酔は全身麻酔に比べ使用する薬剤が少なく、作用も強くないものが多いです。全身麻酔と違い目が覚めている状態で手術を行います。目が覚めているから侵襲が少なく気が楽かというと意外とそうではありません。麻酔科医はいませんし、患者さんは目が覚めているからこそ、怖い思いをして手術を受けています。局所麻酔が効かなくて痛い思いをするかもしれません。そもそも局所麻酔自体が痛みを伴います。さらに、ソセゴンやセルシンなどといった少し強めの薬剤を使用する場合があり、呼吸抑制や循環抑制が起こります。患者さんが大人しく寝ているなと思っていたら、気が付いたら息をしていなくて血圧も大きく低下していたなんてことも起こり得ます。麻酔科医が不在な分、よりバイタルサインに気を使う必要があります。
このほか、くも膜下麻酔や硬膜外麻酔により一過性の神経症状(麻酔の効果が切れて12~24時間経ってから、臀部、下肢に放散痛などが生じることがありますが、通常2日から1週間程度で消失します)や頭痛などが考えられます。
また、必ず局所麻酔薬を使用します。種類はさまざまありますが、各局所麻酔薬の特徴と現在の使用量を把握しておかないと局所麻酔中毒を起こす危険性があります。術者は手術をすることに夢中になり、許容範囲を超える量の局所麻酔薬を使用してしまう場合がありますので、術者と相談をしながら使用する必要があります。その際、患者さんを一番近くで見ることができるのは手術看護師だと思います。
手術にはさまざまな合併症が付きものです。麻酔科医や外科医師と協同し、少しでも手術による合併症が軽減できるように日ごろから勉強と心構えが必要です。
一緒に頑張っていきましょう。
引用・参考文献
1)日本麻酔科学会・周手術期管理チームプロジェクト,編:周術期管理チームテキスト 第3版,2011.
2)手術看護エキスパート 2017;11(2):
3)OPE NURSING 2017;32(12):
4)山蔭道明,編:周術期の体温管理,克誠堂出版,2011.
5)山蔭道明,監:体温のバイオロジー 体温はなぜ37℃なのか,メディカル・サイエンス・インターナショナル.2005.
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