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なぜ消化器がんは予後が悪いのか?―肝がん編―

  • 公開日: 2023/1/31

2022年11月16日、「なぜ消化器がんは予後が悪いのか?~予後の悪い三大消化器がん:胆道がん・肝がん・膵がんの現状と課題~」をテーマにしたアストラゼネカ主催のメディア勉強会が開催されました。ここでは、東京大学医学部附属病院 消化器内科 肝癌治療チーム 講師 建石良介先生による講演をレポートします。


肝がんとは

 肝がんとは、肝臓を構成する細胞ががん化したもの(原発性肝がん)を指します。他臓器から肝臓に転移してきたものは転移性肝がんといい、原発性とは全く異なる病態をもちます。原発性はさらに肝細胞がんと肝内胆管がんに分かれますが、肝がんのおよそ9割は肝細胞がんで、脂肪肝やウイルス肝炎となじみが深いとされています。

肝がんの疫学

肝がんの罹患率、死亡率

 日本における肝がんの罹患率は人口10万人あたり29.6例、死亡率は20.4人です1)。罹患すると死に至る確率が高い、つまり、治りにくいがんとして知られています。胃がんや大腸がんなどの治癒が期待できるがんの場合、生存曲線は5年を過ぎたあたりから横ばいとなりますが、肝がんの生存曲線は5年過ぎても右肩下がりのまま、10年経っても生存率が下がり続けます。

肝がんと肝炎ウイルス

 日本では肝がんが急速に増加した時期があり、これにはC型肝炎(HCV)の蔓延が関係しています。1950年代は、売血といって血液を売ることができた時代でした。売血をした人のなかでHCVが蔓延していたため、その時代に輸血を受けた人の半数近くが輸血後肝炎を発症したと考えられています。献血の体制が整ってからは輸血後肝炎の発症は16.2%まで下がり、現在ではほぼありませんが2)、年代別HCVキャリア率をみてみると、2015年時点で70歳代以上のキャリア率は高く、HCVが売血時代に蔓延していたことがわかります。

 B型肝炎(HBV)については、1985年からB型肝炎母子感染防止事業が開始されたほか、2016年からはHBVワクチンも定期接種化されています。これらによって若い世代のキャリア率は非常に低くなっており、いずれHBVもほとんど発生しなくなると考えられます。

肝炎ウイルスへの対応

 日本の肝がんのほとんどが肝炎ウイルスキャリアです。特にHCVは肝がんのハイリスク因子であり、HCVへの対応が肝がん撲滅の第一歩といえます。

 インターフェロンはHCVを駆除できる治療法ですが、高齢者は強い副作用に耐えられなかったり、腎不全や貧血などがあると十分な量を投与できなかったりするため、高リスクの患者さんに治療が届いていない実態がありました。近年では、内服薬の登場によって、副作用もほとんどなくHCVの駆除が可能となり、肝硬変や腎不全を有している場合や肝がんの治療後であったとしても投与できるようになっています。

非B非C肝がんの増加

 HCVによる肝がんが減少傾向にある一方で、非B非C肝がん(NBNC)が増加しています。NBNC増加の理由の一つとして考えられるのが肥満者の増加です。いずれのがんにおいても肥満はリスク因子となっていますが、肝がんは特に肥満の影響を受けるといわれています。また糖尿病も同様です。糖尿病患者さんの死因は、20年ほど前から悪性新生物が1位となっており、肝がんはそのうちの6%を占めています3)

肝がんの診断

 『肝癌診療ガイドライン』には、サーベイランス・診断アルゴリズムが掲載されており、非常に複雑な仕組みではありますが、これを辿っていけば、誰でも同じ診断ができるようになっています。B型あるいはC型の肝硬変をもつ患者さんを超高危険群、B型あるいはC型の慢性肝炎や非ウイルス性肝硬変の患者さんを高危険群とし、サーベイランスの実施対象群としています4)

 当院で行われたサーベイランスで見つかった肝がんの大きさは90%が3cm以下であり、さらにそのほとんどで肝切除やラジオ波焼灼療法(radiofrequency ablation:RFA)などの根治的療法を受けることができています5)

肝がんの治療

肝がん治療の柱

 肝がん治療の難しいところは、肝臓の全摘出が不可能であることです。傷んだ肝臓をどれだけ少なく取り除き、かつ高い根治性を追求するかというジレンマが生じてきます。かつて肝がん治療は、①肝切除、②焼灼療法(アブレーション)、③肝動脈化学塞栓術(transcatheter arterial chemoembolization:TACE)の3本柱でした。最近では薬物療法の進展がめざましく、4本柱といってもいい状況になってきています。

 肝切除とRFAを比較した試験では、5年無再発率と5年生存率いずれも有意差はなく、ガイドライン上もそれぞれの治療法が根治療法として同等に推奨されています。

腹腔鏡下肝切除術の普及

 肝切除に関しては低侵襲性が追求されており、腹腔鏡下肝切除手術が普及しています。手術創が小さく術後の回復が早いなどの利点がある一方、手術時間の延長や技術的難易度が高いという欠点もあるため、日本肝胆膵外科学会では技術の普及を進め、腹腔鏡下肝切除術の施行数の増加と手術死率の低下を認めています。

薬物療法の進歩

 がん細胞が門脈の本管に入り込んでしまっているような脈管侵襲がある場合、ほとんどの場合において手術ができないうえに、RFAもTACEも困難で、かなり治療に難渋していましたが、薬物療法で用いられる薬剤に分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬が登場したことで治療の選択肢が広がりました。

 分子標的薬は従来の抗がん剤とは異なり、正常な細胞はそのままに腫瘍の増殖と血管の成長を抑えます。免疫チェックポイント阻害剤については、一部の症例において腫瘍縮小といった抗腫瘍効果が高く、生存曲線も横ばいになるなど長期生存が期待でき、がん腫によってはファーストラインに選択されることもあるほど効果を示しています。

アンメットニーズへの対応

 肝がんは、肝切除を行ったり、焼灼療法を繰り返したりしても再発が多く、肝炎治療以外の有効な再発予防策もありません。治療を繰り返すうちに肝機能の低下も生じるため、肝がんは治癒しても肝不全は残るといったことが起こりえます。また、新薬が登場しても、腫瘍縮小効果が得られるのは半分程度であるため、今後この割合を60~70%にする取り組みが必要といえます。

引用・参考文献

1)国立がん研究センター:がん情報サービス がん種別統計情報 肝臓 1.統計情報まとめ.(2023年1月30日閲覧) https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/8_liver.html
2)厚生労働省:日本における輸血後肝炎発症率の推移.(2023年1月30日閲覧) https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/1e.html
3)中村二郎,他:―糖尿病の死因に関する委員会報告アンケート調査による日本人糖尿病の死因―2001~2010 年の10年間,45,708名での検討.糖尿病 2016;59(9):667-84.
4)日本肝臓学会,編:肝癌診療ガイドライン2021年版.金原出版,2021,p.75-6.
5)Mikami S,et al:Tumor markers are more useful in patients undergoing surveillance for hepatocellular carcinoma with unreliable results by ultrasonography.Hepatol Res 2015;45:415-22.

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