末梢神経障害|症状別がんの緩和ケア
- 公開日: 2020/3/17
Ⅰ.はじめに
末梢神経障害はがんの薬物療法で起こる副作用の1つです。手や足の痺れや痛み、力が入らないなどの症状が現れます。患者さんの日常生活にどのような影響があるのかを把握して、ケアを行いましょう。
Ⅱ.患者さんの情報
A氏 64歳女性 非小細胞肺がん
手術、抗がん剤治療、放射線治療などを一通り行い、退院をそろそろ考え始めたところでした。夫と2人暮らし。夫はすでに退職していて、現在は年金生活を送っています。子どもは息子が2人いるますが県外に住んでいます。長年専業主婦であり、庭いじりが趣味です。
抗がん剤治療後、A氏から「何だか脚とか手、特に指のあたりが過敏になるのよね。痛いっていうか、ビリビリするっていうか……これは何なのかしら」と訴えがありました。
退院も控えており、A氏自身「このまま退院して大丈夫なのか」という不安が見て取れました。
医師からA氏に対しては、今出現している症状は抗がん剤の影響からくる「末梢神経障害」であること、なかなか治りにくいことが説明されました。
専業主婦であるA氏は、これまで家事を全て自分で行ってきました。とてもきれい好きな方で、ベッドサイドはいつも整理整頓されている状態でした。
A氏からは、「何か物を持つと痛みさえ感じるのよね……。これじゃ家に帰ってもお父さんに料理も作ってあげられないし、洗濯も掃除もできなくなっちゃうのかしら。お父さんに迷惑かけてばかりになっちゃう。あと……、庭のお手入れもできないの……?」という言葉が聞かれました。
Ⅲ.アセスメントとケアの計画・実施
Point①神経症状に対するアセスメントを行う際の注意点
神経は中枢神経と末梢神経に分類されます。中枢神経とは脳と脊髄のことで、そこから四肢の筋肉や皮膚などに延び、運動や感覚を伝える「電線」のような働きをするのが末梢神経系です。
神経症状を訴えるがん患者さんをアセスメントする際は、神経障害ががんの進展や転移に伴う症状なのか、抗がん剤や放射線治療などの影響なのかを考えます。さらに、変性、脱髄性、発作性、血管障害、感染、炎症、代謝性、中毒、奇形、腫瘍、外傷、脊髄関連、全身疾患(自己免疫疾患、内分泌疾患)などの疾患を踏まえながら、原因を特定していく必要があります。
抗がん剤治療による末梢神経障害を症候学的にみると、以下の3つに分類されます。A氏に起こっているのはこのうちの感覚神経障害に当たります。
・感覚神経障害:四肢末端を中心としたしびれ、感覚麻痺、鈍痛
・運動神経障害:腱反射の消失、遠位部優位の筋力低下など
・自律神経障害:排尿障害、排便障害、麻痺性イレウスなど
抗がん剤による末梢神経障害は一旦発現すると有効な対策が少なく、不可逆的になる場合もあります。症状が強い場合は薬剤の変更や治療の中止を余儀なくされることも起り得るため、患者さんの精神面のケア、そして残存する末梢神経障害に対するケアも指導していかなければなりません。
Point②QOLの維持に大切なセルフケア教育や環境整備の方法
末梢神経障害における大きな問題点の一つは、QOLの低下です。今までできていたことができなくなるという状況下で、患者さんのQOLを維持していくのは難しいといえます。
それを防ぐには、末梢神経障害の徴候や症状を早期に発見し、対応することが重要です。しかし、末梢神経障害の症状は主観に頼る部分が多く、患者さんからの訴えを待っているだけでは症状の出現を見落としてしまう可能性もあります。
そのため、普段から患者さんによく関わる看護師は、患者さんの日常生活の問題点に注目し、自覚症状を聴取するだけでなく歩き方などの日常生活動作に変化がないか観察することも必要です。
以下に、患者さんに対するセルフケア教育と日常生活指導の具体的な項目をまとめています。
○具体的なセルフケアの教育項目
・末梢神経障害の徴候や症状の種類を把握する
・患者さんや家族が症状を医療従事者に報告できるようになる
・末梢神経障害の部位のセルフモニタリングやセルフケアの方法を習得し、実践する
・安全に日常生活を送るためのポイントを習得し、実践する
○日常生活上の注意点
<家事・炊事>
・熱傷、刃物によるケガに注意する
・ゴム手袋を使用し、洗い物はお湯を使用する
<生活環境>
・床につまずきそうなものを放置しない
・カーペットの端がめくれないように留めておく
・滑りやすいものを敷かない、滑り止め付きの靴下の着用
・歩行が不安定な場合、手すりや杖などを利用する
・末梢循環の改善を図るため、手袋や靴下での保温や手足の指を開いたり閉じたりする動きを行う
・夏は冷房対策で、上着を持ち歩くように心掛ける
<生活行動>
・深爪に注意し、爪を切っておく
・履きやすくヒールの低い靴を選び、スリッパやサンダルは履かない
・大きなものや重いものを動かす際には誰かに手伝ってもらう
・カイロや湯たんぽによる低温やけどに注意する
・衣服は締め付けの弱いものを選ぶ
・下肢に症状のあるときは、車の運転を控える
・入浴の際はお湯の温度はぬるめに設定する
・夜間のトイレは照明を点けてトイレに行く習慣をつけ、足元を照らすライトの導入を検討してもよい
Point③A氏の退院に向けて日常生活指導と生活環境の整備を行った
不安を抱えているA氏に対し、看護師から「一緒にこれからのことを考えてみましょう。ケアの方法も一緒に勉強していきましょう」と伝えました。すると、少し笑顔を見せてくれ、「そうね……有難う。不安だけど、それしかないものね……」と話されました。
退院後は、福祉用具のほかに訪問看護やヘルパーの介入も必要であると考えられました。しかし、介護認定の申請が済んでいなかったため、早急に夫に説明し申請を行ってもらいました。
自宅の環境整備について考える際は、自宅の見取り図やどこにどのような家具や敷物が設置されているか、段差の有無なども細かく把握しました。
日常生活における注意点の指導では、転倒をしないよう注意すること、入浴の際は熱すぎない温度に設定すること、きつい履物は履かず必ず保護すること、水仕事をする際にはケガに十分気を付け、ゴム手袋を着用することなどを伝えました。
ゴム手袋は看護師の自宅にあったものを何種類か準備し、A氏と一緒に着用感などを確認しました。内部が薄く毛で覆われているようなタイプのものが良いと、自宅でも引き続きそのゴム手袋を使うことになりました。
また、A氏のQOLを保つためには、A氏が誰かに頼りながら生活する必要がある今の自分の状態に納得し、受け入れる必要があります。そこで、看護師は次のように言葉をかけました。
「お父さんに迷惑をかけてしまうと思う気持ちは十分想像がつきます。でも、お父さんの力を借りたり、お父さんに頼ることも大切だと思います。」
A氏は「そんなこと考えてもみなかった…。」と言い、少し考えた後に「そうね。今まで通りなんて難しいのは自分がよくわかってるわ。」と話されました。
その後、夫の面会時に2人でこれからの生活について話す姿があり、タイミングをみながら看護師から具体的な支援について補足説明を行いました。
Ⅳ.ケア実施後の評価・アセスメント
これまで専業主婦として家事一切を行ってきたA氏ですが、その家事だけでなく日常生活動作もままならなくなってしまうかもしれない状況で、果たして夫と2人で生活が送れるものだろうかという不安を抱えていました。しかし、これからの生活では夫を頼ることがとても大切であることを受け入れ、夫婦で今後について話し合うことができました。介護保険についてはケアマネジャーに引継ぎを行い、手すりのレンタルや必要に応じて訪問看護などの社会資源の活用を検討することになりました。
A氏は訪問看護やヘルパーなど夫以外にも頼る場所があることがわかり、少し安心した様子がみられました。A氏の不安や症状の変化を継続的にケアできるよう、看護師からは何かあれば定期受診の際に話してほしいことを伝え、退院に至りました。
Ⅴ.おわりに
抗がん剤に伴う末梢神経障害の頻度は増してきており、患者さんの訴える神経症状も多種多様です。一度神経障害が発現すると有効な対策は少なく、不可逆的な症状を呈したり、重篤な症状に至ったりする場合もあります。抗がん剤による末梢神経障害は、知覚障害による転倒や外傷の危険性、行動制限に伴う社会的苦痛など、日常生活や入院生活への影響を与え、QOLを著しく低下させる要因になります。末梢神経障害のうち発現頻度が高いのは手足のしびれをはじめとする感覚神経障害です。抗がん剤による末梢神経障害の症状は主観的で個人差が大きいため、看護師は具体的な症状を把握した上で早期に症状を捉え、速やかな対処と症状の緩和を図ることが大切です。
参考文献
田村雅子,著:がん看護1・2月増刊号 がん患者のヘルスアセスメント再入門.徳世良重,編.南江堂,2011.