第1回 麻酔総論|全身麻酔と局所麻酔
- 公開日: 2020/8/8
麻酔とは何か
どんな小さな手術でも、何らかの麻酔がないと患者さんの痛みやストレスを和らげることはできません。日本で「麻酔」という言葉が作られたのはおよそ170年前の江戸時代後期と言われており、「麻」は痺れて感覚がなくなること、「酔」は意識が消失すること、を表しています1)。
実は、世界で初めて全身麻酔(患者さんを眠らせ痛みも取る方法)で手術を成功させたのは、日本人であったことはご存知でしょうか? 華岡青洲という医師が通仙散(麻沸散)を使い、当時不治の病と言われた乳がん摘出術を行ったのが1804年と言われています。
その40年近く後、米国でエーテルによる全身麻酔下手術の公開実験が成功し、近代の麻酔科学が急速に発展してきました2)。当時の全身麻酔は、基本的に一つの麻酔薬のみで行われていました。麻酔薬は患者さんの意識を失わせ手術侵襲によるストレスを和らげますが、とても深い麻酔状態にしないと鎮痛効果は不十分となり手術刺激で患者さんが動いてしまうため安全に手術ができきませんでした(全身麻酔の三要素である意識消失、鎮痛、不動化の実現が難しい)。そして深い麻酔は、麻酔に伴う副作用を強めることになります。気道が閉塞したり、呼吸や循環が強く抑制されてしまうため、当時は麻酔によって命を落とすことも少なくなかったようです。
そのため、麻酔を行う場合には適切な気道確保、人工呼吸による呼吸補助、輸液や昇圧薬による循環補助など、生命を維持するための絶え間ない超急性期的な全身管理が必要になります。
現在麻酔科の仕事は、手術麻酔にとどまらず麻酔前の全身評価から術後管理まで周術期を通した全身管理が求められていますし、さらに術後疼痛管理サービスや無痛分娩、医療安全、蘇生や鎮静管理など院内全域での多彩な業務へのかかわりが求められています。麻酔科診療チームの一員として筆者ら周麻酔期看護師も鋭意尽力しています3)。
さて麻酔の方法ですが、大きく全身麻酔と局所麻酔に分けることができます。
全身麻酔と局所麻酔の違い
全身麻酔について
全身麻酔は主に脳(中枢神経)に作用して、患者さんを眠らせ意識をなくす方法です。全身麻酔薬は静脈から血液に投与する静脈麻酔薬(プロポフォール、チオペンタールなど)と、肺から血液に投与する吸入麻酔薬(笑気、セボフルラン、デスフルランなど)に分けられます。
現在、臨床現場で使用されている全身麻酔薬は鎮痛作用は弱い(もしくはない)ため単剤では手術による痛みを完全に抑えることはできません。麻薬など強力な鎮痛薬で手術中の痛みを抑えることができますが、鎮痛薬のみで意識を完全になくし手術中の記憶を残さないような薬は未だ開発されてはいません。よって、全身麻酔を行う場合は、全身麻酔薬と鎮痛薬(麻薬または局所麻酔薬、あるいは両方)を組み合わせて使用します。また不動化や手術部位の良好な視野確保のため通常は筋弛緩薬も一緒に使用されます。
鎮静、鎮痛、不動化の目的に合わせた薬剤を組み合わせて使用していくことで、各薬剤の投与量を減らし副作用をそれぞれ減らすことができます。これはバランス麻酔と呼ばれ、基本的な麻酔の考え方の一つになっています。
全身麻酔によって呼吸が抑制され自発呼吸が停止するため、多くの場合は気管挿管を行った上で人工呼吸が行われます。徐脈や血圧低下など循環抑制に対しては輸液や循環作動薬による循環補助を行う必要も多くなります。一方、気道確保の手技や手術操作など強い侵害刺激(痛みを起こす刺激)により高血圧や頻脈を来したり、麻酔が浅くなることもあります。麻酔中は、麻酔の深さ、呼吸・循環・代謝、筋弛緩状態など患者さんの全身状態を絶え間なく看視し、全身管理をしなければなりません。
局所麻酔について
局所麻酔は患者さんの意識はなくならない麻酔法で、脳や全身に及ぼす影響や副作用は基本的には全身麻酔に比べ少なくなります。全身麻酔以外の麻酔は広義の意味で局所麻酔と呼ばれます。
局所麻酔薬(神経伝導を電気的にブロックするNaチャネル阻害薬、例:リドカイン、ロピバカイン等)によって痛みを伝える神経の伝導を一時的に抑える方法になりますが、体表から脳に至るまでのどこの部分で神経をブロックするのかで局所麻酔方法はさらに細かく分類されます(図1)。
俗に局所麻酔と言われているのが局所皮下浸潤麻酔で、歯茎や傷の縫合の際などの皮下に注射する方法です。その他にも、皮膚に塗るクリームや点眼や咽頭スプレーなど皮膚や粘膜の表面麻酔、腕や足などの四肢や胸壁・腹壁など体幹に行う末梢神経ブロック(伝達麻酔)、硬膜外や脊髄くも膜下に行う脊柱管の麻酔、関節内注入法などが挙げられます。手術部位や手術内容によって、目標とするブロック範囲を目指した局所麻酔法が選択されます。
局所麻酔を併用した全身麻酔も少なくありません。この場合、局所麻酔がしっかりと効いていれば全身麻酔薬の必要量は減少し、鎮痛薬(麻薬)も減量することができるため、術後の良好な鎮痛に加え全身麻酔による副作用の遷延を回避(呼吸抑制や誤嚥の低減)できます。麻薬の使用量を減らすことは、嘔気嘔吐や呼吸抑制など副作用を減らすことにつながります。
局所麻酔は、ブロック(注射)した部分から末端部分での感覚鈍麻を起こしますが、ブロックされている部位は痛覚を伝える神経と共に交感神経(通常交感神経により血管は収縮している状態、神経の太さは細くブロックされやすい)もブロックされてしまうため血管拡張が起こります。脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔などブロック範囲が広い場合は、広範囲での血管拡張が起こり、循環している血液のボリュームは拡張した血管内に取られてしまいます。すると心臓にうまく血液が戻ってこれず(静脈還流量の減少)心臓から拍出する血液量が減ってしまい、血圧が下がりやすくなります。ブロック範囲が広くなればなるほど、このような循環への影響が大きくなります。全身麻酔の場合も、全身の交感神経抑制により同じ機序で血圧は下がります。
特別な場合を除いては局所麻酔では呼吸への影響はほとんどありませんが、局所麻酔薬中毒や神経障害など特有の合併症や副作用の理解が特に重要になります。
もちろん、絶え間なく看視し全身管理を行うことは麻酔方法に左右されません。麻酔中のモニタリングに関しては、日本麻酔科学会で制定しているモニター指針をご参照ください4)。
最後に
近年麻酔の安全が高まったとはいえ、麻酔に伴う事故はゼロにはなっていません。手術や麻酔という短時間の中で多くの侵襲的な処置や行為が行われる場所では、一瞬の判断の遅れやミスが死に直結することもりますし、急速に容体が重症化しやすい状況におかれていることを覚えておいてください。麻酔にかかわる基本的な知識を身につけることは最も大切ですが、加えて大量出血やアナフィラキシーショック、災害や医療機器トラブルなど突然起こった異常事態や危機的状況への対応手順の整備やシミュレーション訓練など日常的な医療者側の備えが、患者さんの命を救うこと、永続的な後遺症に至るのを未然に防ぐことに繋がります。
今回、麻酔についての概要をお話しました。本連載では全身麻酔や各種局所麻酔法の実際と看護上のポイントを説明していきます。
引用・参考文献
1)松木明知:麻酔の20世紀.日本臨床麻酔科学会誌 2000;20(2):76-82.
2)内野博之:麻酔科学の現状と展望 生体侵襲防御の担い手として.東京医科大学雑誌 2009;67(4):385-404.
3)吉田 奏, 片山 正夫, 宮坂 勝之:聖路加国際病院での周麻酔期看護師の活動 : 活動7年目を迎えて.OPE nursing 2018;33(8):820-4.
4)日本麻酔科学会制定「安全な麻酔のためのモニター指針<2019年3月改訂>」(2020年7月14日閲覧)https://anesth.or.jp/files/pdf/monitor3_20190509.pdf
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