下血した患者さんのアセスメントと対応
- 公開日: 2021/5/1
事例紹介
患者背景Hさん、70歳代、男性
・既往歴:心房細動
・内服歴:抗凝固薬
現病歴
病棟の患者トイレからコールあり。トイレに行くと、Hさんがうずくまってつらそうな表情をしており、顔色が悪く、呼吸も荒い状態。手を触ると、冷たくジトッとしている。「大便をしたら血が出て、ズボンを履こうと立ち上がった際に、目の前が暗くなる感じがして気分が悪くなって立てなくなった」との訴えあり。便器を確認したところ、鮮血で真っ赤に染まるくらいの出血がみられた。日中から腹痛があり何度かトイレに行っていたが、便の性状は確認していなかったとのこと。
身体所見
意識レベルGCS*15(E4V5M6)、呼吸22回/分、脈拍112 回/分、血圧110/85mmHg、体温36.8℃
*グラスゴー・コーマ・スケール(Glasgow Coma Scale:GCS)
状態を把握する
事例から読み取るべき患者さんの状態
・顔色不良で呼吸が荒く、末梢の冷感と湿潤がある
・呼吸22回/分と頻呼吸、脈拍112回/分と頻脈である
・脈圧の狭小がみられる
・鮮血便がみられる
状態把握のための知識とポイント
ポイント1:ABCDを評価するHさんは、顔色不良で呼吸が荒く、第一印象で重症感があります。気道閉塞や意識レベルの問題はないですが、頻呼吸や頻脈、脈圧の狭小がみられるほか、末梢の冷感・湿潤を生じています。これらの情報を統合すると、Hさんはショックの徴候を認め、循環に異常をきたしている可能性があります。
ポイント2:便性状を確認する
血性物が肛門から排出される症状を下血といい、口腔から直腸までのすべての消化管からの出血が原因となります。Hさんは肛門から血液排泄がみられており、下血を生じている状態といえます。
下血には黒色でタール状の便が排出されるタール便と、鮮血色もしくは赤褐色の便が排出される血便があります。それぞれ出血部位や病変箇所などが異なるため、下血がみられたら便性状を確認することが大切です。
一般にタール便は、上部消化管からの出血によって起こることが多く、吐血を伴わないタール便はTreitz靭帯以降の病変や胃十二指腸からの少量の出血を示唆します。また、50mL以上の血液が消化管内にあれば、タール便を生じる場合があるといわれています1)。
一方、血便の多くは下部消化管からの出血によって起こります。Hさんは鮮血便を認めていることから、下部消化管から出血している可能性が高いと考えられます。
ただし、上部消化管からの出血でも出血量が多いと血便を生じたり、便が腸管内に長く停滞した場合は、下部消化管からの出血でもタール便を認めることがあるため注意が必要です。
なお、Hさんは男性ですが、女性の場合は出血が肛門からか膣からかによって、鑑別診断や治療の方向性が変わってきます。直腸診を行い、出血箇所を確認します。
ポイント3:出血期間・量、既往歴、リスク因子などを確認する
出血の期間や量、腹痛の有無、消化管出血の既往、薬物摂取(ステロイド、NSAIDs、抗凝固薬、抗血小板薬)、出血傾向の有無などを聴取します。
Hさんは日中から腹痛があり、何度かトイレに行ったと話しています。便性状を確認していなかったため、出血期間は定かではありませんが、出血量はショック指数(shock index:SI)から推定が可能です(表1)。SIは「心拍数/収縮期血圧」で算出します。これに当てはめると、HさんのSIは約1.0となり、推定出血量は750~1,500mLとなります。
表1 出血性ショックの重症度分類とショック指数、出血量、症状・所見
※ショック指数が0.5 以上で出血していると判断する。1.0以上で出血性ショックと判断する
American College of Surgeons:Advanced Trauma Life Support Course.Student Manual,7th ed. Chicago, IL: American College of surgenous,2004.より引用一部改変
また、Hさんは抗凝固薬を服用しており、出血リスクが高い状態であることが示唆されます。ほかに、眼瞼結膜で貧血の有無の確認、消化管穿孔や腹膜炎の鑑別のため、腹膜刺激徴候がないかも調べます。
ポイント4:血液検査・生化学検査の結果を確認する
血液検査では出血の有無、生化学検査では肝機能、腎機能、電解質、炎症反応などから、原因疾患の診断につながる情報を得ます。出血量はヘモグロビン値やヘマトクリット値の低下からある程度予想できますが、出血早期には反映されないため注意が必要です。凝血塊の吸収によるBUNの上昇も消化管出血のヒントになります。
緊急度を判断する
下血は消化管からの出血により生じるため、出血性ショックに至っていないかどうかをバイタルサイン(呼吸数、脈拍数、血圧、意識状態)から判断し、緊急度を判定します。
バイタルサインが変動するほどのショックの場合、緊急度は高くなります。ショックを示唆する症状を早期に捉えられるよう、総合的に判断することが重要です。
Hさんはバイタルサインから、頻呼吸、頻脈、脈圧の狭小がみられ、SIは約1.0でした。末梢冷感・湿潤も生じていることからショックの早期段階であり、緊急度は高いと判断します。
状態に合わせて対処する
Hさんは、下血による出血性ショックを起こしていると考えられます。出血性ショックが生じている場合、まずは臥位をとらせモニターを装着し輸液を開始します。20G以上の留置針を用いて末梢静脈路を2本確保し、細胞外液を急速投与します。
心機能が許せば、細胞外液を用いてSIから想定される体液喪失量を1時間で投与します。それでも血圧が安定しない場合は、速やかに輸血を開始します。輸血を行いながら、消化器内科などの専門医へコンサルトするとともに、消化管内視鏡による止血が行われることを考慮し、準備を進めます。
医師へ報告する
下血による出血性ショックが生じていることを、ショックの徴候を踏まえて報告し、緊急性が高い状態にあると伝えることが特に重要です。
出血のリスク要因である抗凝固薬を内服していることも、緊急性を高いことを知らせる大切な報告事項です。また、下血の性状である程度の鑑別ができるため、便性状も伝えましょう。ISBARCに沿って報告すると、要領よく簡潔に伝えることができます(表2)。
表5 ISBARCを用いた報告例
報告例 | |
---|---|
Identify (報告者と患者の同定) | ・○○病棟の看護師××です。△△病棟のHさんについて報告します。 |
Situation (患者さんの状態) | ・Hさんが下血しました。 |
Background (入院の理由・臨床経過) | ・血圧110/85mmHg、脈拍112回/分、呼吸22回/分、ショック指数は約1.0で、末梢冷感・湿潤が認められます。 ・抗凝固薬を内服しており、出血リスクが高い状態です。 |
Assessment (状況評価の結論) | ・下血による出血性ショックの可能性が考えられます。 |
Recommendation (提言または具体的な要望・要請) | ・すぐに診察をお願いします。 |
Confirm(指示受け内容の口頭確認) | ・(医師から指示があれば、指示の内容を復唱) |
対応の流れを振り返る
下血を起こした患者さんへの対応の流れについて、フローチャートで振り返ります。
引用・参考文献
1)山下雅知:吐血・下血.救急診療指針 第5版.日本救急医学会.へるす出版,2018,p.315.
●山下雅知:吐血・下血.救急診療指針 第5版.日本救急医学会.へるす出版,2018,p.315-7.
●正岡建洋:吐血・下血.内科救急診療指針2016.日本内科学会認定医制度審議会救急委員会 編.総合医学社,2016,p.89-93.
●矢吹拓:吐血・下血.帰してはいけない外来患者.前野哲博,他編.医学書院,2015,p.66-7.
●日本救急看護学会 監:ショック.外傷初期看護ガイドラインJNTEC 第4版.へるす出版,2018,p.55-6.
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